腰痛の原因というと、椎間板ヘルニアや、腰部脊柱管狭窄症を思い浮かべられる方が多いと思います。しかし、末梢神経障害による腰痛というものが意外に多いということが、最近分かってきました。腰部の皮膚には、皮膚の感覚を司る「皮神経」と呼ばれる細い神経があります。これらが何らかの原因で筋膜などに癒着したり、瘢痕組織で圧迫されたりすることにより、腰痛を起こすのです。

これが、末梢神経障害による腰痛と呼ばれるもので、障害される神経の名前をとって、「上殿皮神経絞扼」と呼ばれる場合が多いと思います。しかし、実際には、腰部には上殿皮神経だけではなく、他の名もないような神経も走っていますので、「上殿皮神経絞扼」という病名が適当がどうかには、問題があるかもしれません。

問題は、この病気が、まだ余り知られていないという点です。実は、私自身も、ごく最近まで、この病気のことを知ってはいたのですが、それほど数が多いとは思っておらず、見逃していたケースも多々あるのではないかと、反省しているところです。実際にこの病気を診断して治療したことがなければ、他の疾患と誤診されて、関係のない手術をされてしまう可能性すらありますし、そうでなくても、診断がつかなくて、患者さんは痛いまま放置されてしまうことも多いととも割れます。

この記事では、次の順番で、この病気について解説します。

  1. この病気の症状は?
  2. 診断はどうするの?
  3. 治療はどのようなもの?

症状

圧痛点

症状の最大の特徴は、痛みを出す場所がはっきりと特定できることです。通常、腰部の右あるいは左側のある一点を押すと、強い痛みが誘発されます。誰しも、ある程度の力で皮膚を押せば、どの場所でも幾分かは痛みが生じますが、この病気での痛みは、そのような軽い痛みではなく、飛び上がるような強い痛みであることが特徴です。

他の腰痛の違い

腰部脊柱管狭窄症などの病気でも、腰痛は起こりますが、通常、上記のようなはっきりした圧痛を認めることはまれですし、脊柱管狭窄症や椎間孔狭窄症の場合には、足に行く神経が圧迫されるので、痛みが下肢の方にひろがることが多く、末梢神経障害による腰痛とは異なります。(但し、末梢神経障害による腰痛でも、下肢に痛みやしびれが放散する場合はありますし、右の神経が圧迫されているにもかかわらず、右だけでなく、左側にも症状が出る場合もあります。)

診断

圧痛点の同定

診断は、何よりも、この圧痛点を見つけることが第1になります。これは、患者さんにうつ伏せに診察台に横になってもらって、腰の部分を指で押せば、簡単に診断することができます。しかし、この簡単なことを行わない医師も多いかもしれません。この病気のことは、まだ良く知られていないと思われますし、私自身を振り返ってみても、この簡単な操作を、以前には、それほど積極的に行っていなかったと反省しています。

ブロック注射

圧痛点がはっきりしていて、末梢神経障害による疼痛が疑われる場合には、圧痛点にブロック注射をしてみます。これは、治療ではなく、診断のために行うものです。圧痛のある場所に、局所麻酔薬を5ml程度注射してみて、痛みがとれるかどうかをみます。診断が正しければ、直後から痛みは劇的に改善します。私のところで使っている長時間作用型の局所麻酔薬ですと、通常、2日程度効果が持続します。しかし、その後は症状が元に戻ってしまいますので、治療としては、次に述べる、手術が必要になります。

腰椎MRI

ブロック注射ではっきりと効果があれば、診断はかなり確かなものになりますが、他の腰椎疾患の可能性についても、検査はしておく必要がありますので、腰椎のMRIは、撮影しておいたほうがよいでしょう。

治療

局所麻酔による手術

手術は、腰椎の手術とは違って、局所麻酔でできる、比較的手軽なものです。圧痛部の皮膚に局所麻酔をして、3cm程皮膚を切開し、圧迫されている神経を見つけます。この操作には、手術用の顕微鏡を使います。皮下で、細い神経をみつけるのは、意外と難しく、顕微鏡手術の技術が要求されます。手軽な手術とはいえ、術者には、かなりの技量が必要です。

このような手術ですので、手術の危険性はほとんどなく、安心して受けてもらえる手術です。日帰り手術でも可能とは思いますが、現在のところ、当院ではその体制がとられておらず、2泊3日の入院で、手術を行っています。

予後

診断が正しければ、手術の効果は劇的です。手術の直後から痛みは消失し、局所麻酔ですので、すぐに歩くことができます。いままでにも、30年間腰痛に悩まされていた方の症状を取り除いて、とても感謝されたりと、術者にとっても、とても嬉しい手術です。

腰痛の患者さんを診察すると、かなりこの病気が見つかりますので、診断されずに困っている方や、間違って異常のない場所を手術されてしまうようなケースも、かなりいらっしゃるのではないかと想像されます。

結論

  1. 末梢神経障害(絞扼)による腰痛は、まだあまり一般に知られておらず、診断されていないケースが多いと思われます。
  2. 診断は、簡単な診察とブロック注射で可能です。
  3. 診断が正しければ、局所麻酔の安全な手術で、症状を取り除くことができます。