私は、20年ほど前から、脊髄空洞症の手術を手掛け、約60例の手術経験があります。また、脊髄空洞症の病態についても研究を重ね、論文を書いてきました。本記事では、脊髄空洞症がどのようにして起きるのかについて、簡単にご紹介します。(脊髄空洞症については、私の旧ホームページの記事も参照してください。脊髄空洞症

本記事の概要

  1. 脊髄空洞症とはどのような病気か
  2. 脊髄空洞症はなぜ起きるのか?どこまでわかっているのか?
  3. 脊髄空洞症のメカニズムで、まだわかっていないこと

1.脊髄空洞症とは

脊髄空洞症とは、脊髄の中に空洞ができる原因不明の病気です。頚部の脊髄にできることが多く、中には脊髄の周りにあるのと同じ、脳脊髄液が溜まっています。

空洞の大きさは様々ですが、脊髄に沿って縦に伸びることが多く、その長さは、数cmから、数十cmに及びます。

この空洞によって脊髄が圧迫され、障害を受けることにより、手のしびれや痛み、筋力低下、手の細かい動作の障害などの症状が出現します。脚にも症状が出て、うまく歩けなくなることも、よくある症状です。

この脊髄空洞症という病気が発見されたのは、今から100年近く前になります。今までに、その診断や治療の研究は、主に脳神経外科医が中心となって行ってきました。しかしながら、この病気の原因については、まだ多くのことが謎に包まれています。

2.脊髄空洞症–病態の謎

脊髄空洞症がどのようなメカニズムで生じ、脳脊髄液がどのようにして空洞内に流入するのか、という点に関しては、多くの仮説が提唱されてきました。しかし残念ながら、いまだにどの仮説も、満足すべきものではありません。

しかしながら、先人たちの努力によって、重要な事実も明らかになっています。それは、「空洞は、脳脊髄液の流通障害によって生じる」ということです。

脊髄の周りには、常に、脳脊髄液と呼ばれる、水によく似た液体が存在します。そしてこの脳脊髄液は、脳の周りにもあり、常に脳と脊髄の周辺を循環して動いています。

この動きは、心臓の拍動や、呼吸運動に関係して現れ、主に、脳と脊髄の間を行ったり来たりする動きになっています。

この脳脊髄液の動きが、脳と脊髄の境目の部分、すなわち頚部の一番上の部分で障害されると、小脳の一部が脊髄の方に陥入し、キアリ奇形と呼ばれる状態になります。この状態が、脊髄空洞症の原因になる、というところまでは、はっきりしています。

ですので、手術で、頭蓋骨後ろの一番下の部分と、頚椎の一番上の部分を拡げて、脳脊髄液の流通を改善してやると、空洞は縮小し、症状も多くの場合に改善します。

3.脊髄空洞症–残された問題

しかしながら、ではなぜ、脳脊髄液の流通が障害されると、脳脊髄液が脊髄の中に流入して、空洞が形成されるのか、という点については、いまだに大きな謎です。

手術でよくすることができるのだから、別に詳しい病気のメカニズムはわからなくても、いいではないか、という考えもあるかもしれませんが、私はこの考えには反対です。

なぜなら、脊髄空洞症には、上に述べた、キアリ奇形に伴うもののほかに、脊髄の癒着に伴うものなどもあり、こちらについては、いまだに有効な治療法が見つかっていないのが現状です。

ですので、脊髄空洞症の成因を、より理解することができるようになれば、現在治療困難な、他の種類の脊髄空洞症に対しても、有効な治療法を見つけられるかもしれないのです。

現在、私は、二つの方向で、脊髄空洞症の研究を進めています。

  1. 脊髄空洞症の患者のMRIの分析
  2. 脊髄での髄液の動きの数学的モデル

一つ目の、MRIの研究では、Phase-contrast法という特殊なMRIの撮影を行うと、脊髄液の動きを、MRIで観察することができます。これを、正常な人のデータと比較することにより、いくつか興味ぶかい点が見えてきました。

二つ目の、脳脊髄液の動きの数学的モデルというのは、私が10年ほど前に開発したものですが、これに、MRIで得られた知見を加えて、少しバージョンアップしたものを作っているところです。もう少し手を加えてよいものにして、発表してみたいと思っています。

脊髄空洞症の研究は、この10年ほど、目立った進歩がなく、壁にぶつかっている感があります。何とかブレークスルーを得たいものですが、そう簡単にいくはずもなく、一歩ずつ進んでいくしかありません。幸い、手術で患者さんをよくしていくことはできますので、日常の臨床を着実に行いながら、研究も進めていくつもりです。

まとめ

  1. 脊髄空洞症は古くから知られている病気で、多くの場合に手術でよくすることができる。
  2. 脊髄空洞症は、脳脊髄液の流通障害によって起こることが知られているが、詳しいメカニズムは、まだわかっていない。
  3. 脊髄空洞症のメカニズムは、現在も活発に研究中です。