はじめに

新型コロナウィルスの感染は深刻さを増しています。外出自粛の効果で新規感染者数は減少傾向がみられるようですが、根本的な対策がとられているとは思われません。PCR検査数も思うように増やせてはいないようです。日本では、感染者数も死亡者数も低く抑えられてはいますが、首都圏の病院では医療崩壊が懸念されており、このままの対策を継続したのでは、行き詰る可能性が高いように思われます。本稿では、医療現場の視点から、現在のPCR検査の問題点、感染者接触者の追跡を中心に、今後の対策を提言したいと思います。

PCR検査

まず、基本的に、PCR検査を大幅に増やさなければならない、という点に関しては、コンセンサスが得られるでしょう。今の院内感染多発の状況を考えても、少なくとも、必要な検査がすべて行える体制を整えなければなりません。抗体検査が取って代われるかというと、おそらく、感染初期には抗体は検出できないでしょうし、現状ではまだ信頼性に乏しいでしょう。当面、PCRに頼るしかないと思います。日本で「クラスター追跡」と呼ばれている、おそらくは昔ながらの感染者接触者の追跡調査を行うにしても、これだけ感染者が増えてくれば、PCR検査の量も増やさなければならないでしょうから、この点に関しては、かの押谷教授も賛成されるでしょう。

PCR検査の問題点

その前提がよいとして、では、どうやって増やすかという点です。

実は、私の病院では、院内の検査室でPCR検査を始めています。しかしながら、実際の検査キャパシティーは、一日10人から20人程度です。熟練した検査技師が必要で、技師の負担がとても大きいようです。また、感染のリスクもあるようです。SRLに検査を依頼した場合でも、結果が出るまでに、現状4日程度かかるようです。SRLに問い合わせたところ、現在のキャパシティーは、1日1500人ということでした。とても、他国でやっているような、大量の検査を行える体制にはありません。

核酸抽出過程とテストキット

何故、このように検査が増やせないかというと、患者から取った検体から核酸を抽出する工程が、手作業で、熟練を要することが大きいようです。検査を大幅に増やすためには、この工程をautomation化する必要があるでしょう。

次にあるのが、抽出した核酸を、試薬を使って増幅して、診断する工程です。ここで使われる試薬ですが、現在、日本で使われているのは、感染研が開発したもののみのようです。SRLでも、感染研の試薬を使っているようです。
しかしながら、この試薬(test kit)には、世界的には多くのものがあります。Roche社製のものは感染研も承認していますし、韓国では、Seegene社など4社くらいが製造しているようです。例えば、Seegene社のtest kitは、3か所の遺伝子を同定し、なおかつ、internal controlがあるという優れもののようで、アメリカとヨーロッパで承認され、すでに1千万キットを販売したとのことです。専用の器械を使えば操作はautomaticです。それに対して、感染研のtest kitは、一つの遺伝子を調べるだけで、internal controlもありません。操作も煩雑なようです。

核酸抽出過程のオートメーション化

実は、Seegene社のtest kitを、輸入できないかと考えて、接触してみました。その営業の言うところによると、すでに2月初めの段階で、厚生省に認可を申請したのだが、よくわからない理由で却下されたということです。現在、PMDA(アメリカのFDAにあたる機関)に申請しなおしているが、なかなか進まないということでした。
営業の人とやりとりするなかで、ボトルネックになる最初の工程、核酸抽出をautomationで行う機械があるということを知りました。これが輸入可能かどうか尋ねたところ、現在、世界中から注文があり、生産が間に合わないということでした。今、日本に、automationの機械があるかどうか知りませんが、おそらくないか、あってもごくわずかでしょう。これを導入することを検討しているかどうかも疑問です。

というわけで、仮に、都道府県レベルの努力で、ドライブスルーなどを開始しても(これも本来、政府が音頭を取ってやるべきことだと思いますが)、そう簡単には、検査数を増やせないかもしれません。大幅に増やすためには、核酸抽出過程をautomation化した検査センターをつくり、より効率のよいtest kitを導入して、装置をフル稼働する必要があるでしょう。

日本の現状

日本は、今まで、感染者数も死亡数も、少なく抑えられています。「診断されずに死んでいる人が多いのでは」、との意見もありますが、現場の実感からすれば、おそらくその影響は比較的小さいと思います。なぜなら、過去1か月を振り返ってみて、肺炎患者がバンバン運ばれてくる、という感じではありませんし、ICUも、肺炎患者であふれているわけではありませんから。

しかしながら、現状、東京の病院は限界の状態です。全力疾走しているようなものでしょう。これ以上増えれば、限界を越えるでしょうし、現状のままだとしても、sustainableではありません。

幸い、外出自粛の効果で、感染者数減少の傾向がみられるようですが、これを緩めればおそらく感染者は再増大すると思います。抗体保持者がかなりいるとの意見もありますが、検査結果にはかなりばらつきがあり、まだ信頼できません。となると、lockdownを繰り返すしかないということになりますが、これは、経済的損失が大きすぎるでしょう。

政策提言

小康状態となる今こそ、方針を転換して、感染を抑え込む努力をしなければならないと思います。すでに周回遅れの感は否めませんが、何とかこの方向で努力をするしかないでしょう。当初、感染症の専門家は、水際阻止の時期が過ぎて市中感染の段階に入ったら、もう検査は意味がなくて、重症患者の治療に重点を置くべきだと、教科書的なことを口をそろえて言っていましたが、それは、空前の大量検査や、information technologyを使った患者追跡手法がなかった時代の話でしょう。今や、時代は変わっていると思います。これだけ市中感染が進んでいても、大量検査と効率的な患者接触者追跡は、行う価値のあることだと思います。それをやらなければ、lockdownの反復が避けられないでしょう。

私の個人的意見ですが、感染研と厚生省医系技官を排除して、有能な人を対策のトップに据える必要があるでしょう。感染者と接触者の追跡方法も、個別のインタビューによる昔ながらの方法から、情報技術を駆使した方法への転換を考える必要があるでしょう。プライバシーの侵害が問題ですが、非常事態において、感染防御とのバランスをとって有効な方法を考える必要があります。法律も必要になるかもしれません。そうすぐには体制を立てられないかもしれませんが、民間の協力を仰いで、最大限努力をすれば、何とか可能ではないでしょうか?

最後に、これを言うと、気分を害する人もいるかもしれませんが、韓国の経験から学ぶことは多いと思います。最近、韓国のある大学の公衆衛生の教授から、韓国で行われたCovid-19対策の詳細を教えてもらうことができました。いままで漠然としか知らなかったことがかなりはっきり理解できました。日本が参考にできることは、たくさんあると感じました。下のボタンでダウンロードできます。興味のあるかたはご参照ください。両国政府が高い見地に立って協力し合えることを切に希望しています。

韓国政府の対策詳細

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